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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)12023号 判決

原告 野口保次

右訴訟代理人弁護士 増岡正三郎

同 増岡由弘

同 青田容

被告 国

右代表者法務大臣 長谷川信

右指定代理人 久保田誠三 外五名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金三六〇万〇〇六六円及びこれに対する昭和六一年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文第一、二項と同旨

2  担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は昭和五七年一二月三一日習志野袖ケ浦郵便局(千葉県習志野市袖ケ浦三丁目五番三号所在、以下「袖ケ浦局」という。)に対し、一〇〇万円(五〇万円二口)の定額郵便貯金(以下「本件貯金甲」という。)をなし、その旨の定額郵便貯金証書(記号番号四〇五二〇-一九九三六〇九、以下本件旧証書甲という。)の交付を受けた。

(二)  原告は昭和五八年三月二六日袖ケ浦局に対し、二〇〇万円(五〇万円四口)の定額郵便貯金(以下においては「本件貯金乙」という。)をなし、その旨の定額郵便貯金証書(記号番号四〇五二〇-二一三三九〇六、以下本件旧証書乙という。)の交付を受けた。

2  原告は昭和六二年四月二一日中央新川郵便局に対し、本件各貯金の払戻を請求した。

3  昭和六一年三月三一日現在における本件貯金甲の元利金は金一二一万一九六二円、本件貯金乙のそれは金二三八万八一〇四円、以上合計金三六〇万〇〇六六円である。

4  よって、原告は被告に対し、本件各貯金返還請求権に基づき、右元利金合計金三六〇万〇〇六六円(以下「本件元利金」という。)及びこれに対する前項の期日の翌日である昭和六一年四月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実は全部認める。

三  抗弁及び被告の主張

1  弁済

昭和六一年三月三一日、原告から、原告の妻野口洋子(以下「洋子」という。)を使者として、同人を介して、千葉中郵便局(千葉市中央二丁目九番一〇号所在、以下「千葉中局」という。)に本件各貯金の払戻請求があったので、同日被告は洋子に本件元利金を支払った。

2  郵便貯金法二六条による正当の払渡

仮に、右弁済が原告に対する有効な弁済でないとしても、洋子に対する支払は、次のとおり、郵便貯金法(昭和二二年法律第一四四号。以下「法」という。)二六条、郵便貯金規則(昭和二三年逓信省令第一七号。以下「規則」という。)八六条、郵便貯金取扱規程(郵便局編、昭和五九年六月三〇日公達第四三号、以下「規程」という。)四条、及び同条による郵便貯金取扱手続(郵便局編、昭和五九年六月三〇日郵貯一第六〇号、以下「取扱手続」という。)七条、九二条に基づく正当の払渡である。

(一)(1)  払戻請求を受けた郵便局においては、貯金証書の受領証欄に押捺された印影と貯金証書の印鑑欄の印影とを対照し、相違がないことを認めたうえ、貯金証書の持参人に払戻金を交付するのであるが(規則八六条、取扱手続九二条)、「郵便貯金の払戻しその他の請求、預金者に対する貸付けの申込み又は印章変更その他の届出(以下「払戻請求等」という。)をする者(以下「請求者」という。)」が預金者本人でない場合には、右払戻請求等が正当な権利者からのものであるか否かを貯金局長の定めるところに従って調査することになっており(規程四条)、規程四条の定めを受けて取扱手続七条は、同条一項一号の各事項に該当するときは、同項二号の方法によって払戻請求等をする者が正当な権利者であるか否かを確認をすることとしている(取扱手続七条)。

(2)  そして、右確認の結果、請求者が預金者の家族、使用人、職場の同僚等であって、一般に預金者の使者または代理人たる関係にあると認められる者であるときは、その請求を預金者からの請求として取り扱ってよいとされている(取扱手続七条)。

(二)(1)  ところで、昭和六一年三月三一日、洋子が千葉中局に本件各貯金の払戻請求をした際、洋子は後記の再交付に係る郵便貯金証書を呈示した。

(2)  千葉中局職員は、規則八六条及び取扱手続九二条の規定に基づき右郵便貯金証書の受領証欄の氏名及び印影が右貯金証書の預金者の氏名及び印影と相違がないことを確認したほか、請求者(洋子)が預金者本人でないことから、取扱手続七条一項二号ア及びイの規定に基づき、預金者(原告)の使者または代理人であることを確認するために同女に対し、質問をし、さらに証明資料(運転免許証)の呈示を求める等した。

(3)  その結果、同女が原告の妻であることが確認されたので、洋子を原告の使者であると認め、洋子に本件元利金を支払った。

(三) 右によれば、右払渡は、法、規則、取扱規程及び取扱手続に基づく正当の払渡であり、かつ被告が洋子を原告の使者であると認めたことにつき、善意、無過失であったものであるから、法二六条の定めるところにより右元利金の弁済は有効である。

3  なお、洋子が千葉中局に呈示した貯金証書は昭和六〇年六月末ころ再交付に係るものであるが、原告は、本件各貯金に係る新証書甲及び乙の再交付手続(印章の変更手続を含む。)につき、被告袖ケ浦局職員に過失があり、それが原因で洋子に対し本件各貯金の払戻がなされたものであるから、郵便局の貯金払戻手続全体として見れば、その払戻手続に過失があると評価すべきであると主張する。しかし、右再交付手続も、以下に述べるとおり、適法に行われたものであり、右再交付手続につき過失はない。すなわち、

(一) 郵便局は再交付請求等(印章変更の届出を含む。)を受け付ける場合、これが正当な権利者からのものであるか否かを貯金局長の定めるところに従って調査することにしているが、その調査方法は前記の払戻請求の場合と同一であって、右確認の結果、請求等をする者が預金者の家族であって、一般に預金者の使者または代理人たる関係にあると認められる者であるときは、その請求等をする者を預金者からの請求等と取り扱ってよいとされていることも、前記のとおりである。

(二)(1)  洋子は昭和六〇年六月一二日袖ケ浦局に対し、旧証書甲及び乙を亡失した旨電話で連絡した。その際、洋子は旧証書甲及び乙の記号番号を郵便局職員に告げた。

洋子が右記号番号を知悉していたことは、洋子が原告から旧証書の支配を委ねられたか、少なくとも支配しうる状況に置かれていたことの証左である。

また、貯金証書上における預入取扱局の表示は一目見ただけでは分かりにくいものであるから(〈証拠〉の表右側中ほどの長方形の印)、洋子が預入局がどこであるか知って連絡してきたのは、これも洋子が旧証書を常時支配していた証左である。

(2)  洋子は同月一七日袖ケ浦局を訪れ、右同月一二日の電話連絡の事実を郵便局職員に告げたうえ、「郵便貯金通帳等再交付請求書」を提出して定額郵便貯金証書の再交付を請求し(規則一〇条)、その際同時に印章変更を申し出た。

(3)  原告及び洋子は、袖ケ浦局が訴外野口花よ(原告の母)に対する福祉年金の支給事務を取り扱っていることから、何度か同局を訪れており、同郵便局職員も洋子が原告の妻であることをよく知っていた。

(4)  洋子による本件再交付等請求は、取扱手続七条一項一号イ及びカに該当するため、同項二号の方法によって正当な権利者を確認する必要があったところ、右請求を受け付けた袖ケ浦局においては、右(1) から(3) までの各事由を総合判断して洋子が原告の妻であると認め(同項二号ア)、右再交付請求を洋子を使者とする原告からの請求として取り扱ったものである。

(5)  したがって、本件再交付等請求を受理したことにつき袖ケ浦局担当職員に過失はない。

(三) なお、取扱手続七条一項二号アの方法によって正当の権利者と認められた以上、同号イの方法による確認の必要がないのは明らかであるし、洋子を原告の使者と認めたのであるから、委任状の提出を求める必要はない。

そしてこの場合、請求等の内容によってその確認方法に軽重の差はなく、本件のように一つの貯金証書について同時に複数の請求等があった場合でも、同項二号アの方法によって正当の権利者であるか確かめればよいのである。

(四) 右再交付請求書に基づき、同月末ころ被告は、旧証書甲に対応するものとして記号番号四〇五二〇-二-一九九三六〇九の定額郵便貯金証書(以下「新証書甲」という。)を、旧証書乙に対応するものとして記号番号四〇五二〇-二-二一三三九〇六の定額郵便貯金証書(以下(新証書乙」という。)を、原告宛の書留郵便で送付した。

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

1  抗弁1(弁済)について

被告主張のころ、洋子が千葉中局から本件元利金の払戻を受けた事実は認めるも、洋子が原告の使者であった事実は否認する。

2  抗弁2(正当の払渡)について

(一) 抗弁2の冒頭の主張は争う。

(二) 同2(一)について

同2(一)のうち、法及び規則に被告主張の各規定がある事実は認めるが、取扱手続の規定は不知。取扱手続は単なる内部文書で法的効力はなく、右手続を形式的に履践しただけでは、直ちに過失がなかったことにはならない。

また、払戻請求をした洋子は預金者本人ではなかったのであるから、千葉中局職員としては、洋子の払戻請求権限の有無につき、預金者である原告に事前に確認すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、原告への事前の確認もなしに払戻をした過失がある。

(三) 同2(二)について

同2(二)のうち、被告主張のころ、洋子が千葉中局から本件元利金の払戻を受けた事実は認めるも、その余の事実は不知。

(四) 同(四)の主張は争う。

仮に被告主張のような事実が存在するとしても、本件各貯金に係る新証書甲及び乙の再交付手続(印章の変更手続を含む。)の段階で、被告袖ケ浦局職員に過失があり、それが原因で洋子に対し本件各貯金の払戻がなされたものであるから、郵便局の貯金払戻手続全体として見て、その払戻手続に過失があると評価すべきである。

したがって、いずれにしても洋子に対する弁済は原告に対し効力を生じない。

3(一)  抗弁3の冒頭の無過失の主張は争う。

(二)(1)  同3(一)の事実は不知。

(2) 同3(二)の(3) の事実は否認する。

(3) 同3(二)の(4) の事実は否認する。

取扱手続七条一項二号アに該当する場合、同注2によれば再交付請求書の余白に預金者との続柄又は関係及び氏名を書くことになっているが、本件再交付請求書(〈証拠〉)にはこのような記載はない。

袖ケ浦局担当職員は、本件再交付請求が取扱手続七条一項二号アに該当する場合でないと判断していたのであるから、同項二号イの方法により確認すべきものであった。

(4) 同3(二)の(5) の主張は争う。

郵便局としては、預金者本人以外の者から原証書の亡失による再交付請求がなされた場合、亡失の事実の有無及び再交付請求が本人の意思に基づいてなされたものであるかを、本人に直接確認するか本人の印鑑証明書(再交付請求書の印影と同一の印影が記載されているもの)を添付した委任状の提出を求める等、相当の方法で確認する義務がある。特に本件のように、原証書の亡失と同時に印章変更の申し出があった場合には、真の預金者以外の者に払戻がなされる可能性があるから、再交付請求に対しより一層注意を払い、右確認をすべきであった。

それにもかかわらず、郵便局(袖ケ浦局)は洋子の言うがままに原証書の再交付請求及び印章変更申請を受理した過失がある。

(三)  同(三)の主張は争う。

(四)  同(四)の事実は否認する。

被告は再発行した証書を昭和六〇年六月末(洋子の証言によれば六月二七日である。)に原告宛の書留郵便で交付したというが、同年六月一七日に洋子から袖ケ浦局に再交付申請がなされ、右関係書類が仙台貯金事務センターに送付されて同月二七日に再発行された証書が洋子に交付されたというのは、事務手続の終了に一〇日間しか要しなかったことになるが、これはあまりに短すぎて不自然である。

また 洋子は昭和六〇年六月二三日に原告に無断で原告居住建物の二階部分(一階部分と玄関は別)に別居を開始し、以後原告は右一階部分に母花よと同居していた。それゆえ、洋子が原告に気付かれないように郵便物を受領するのは困難であるし、仮に原告が昼間に不在でも書留郵便が配達されれば、花よが原告に代わって受領できるはずである。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因について、

請求原因事実はすべて当事者間に争いがない。

二  抗弁1(弁済)について

1  被告主張のころ、洋子が千葉中局から本件元利金の払戻を受けた事実は当事者間に争いがない。

2  〈証拠〉を総合すると、次の各事実が認められる。

(一)  原告と洋子は昭和三五年五月一三日に婚姻したが、昭和六〇年一月ころから不仲となり、同年四月一一日には原告が洋子に対し夫婦関係調整調停申立を千葉家裁になしたが、洋子の離婚意思は固く、同年五月二八日に原告は同申立を取り下げた。

(二)  その後、洋子は同年六月一三日に離婚調停申立を千葉家裁になしたうえ、同月二三日従来夫婦が同居していた、原告肩書住所地所在建物一階から二階に移って原告と別居した。

(三)  その間の同年六月一七日、洋子は、旧証書甲及び乙を紛失したとして、原告には無断で袖ケ浦局に郵便貯金通帳等再交付請求書を提出し、同月二七日ころ再発行に係る新証書甲及び乙を、簡易書留郵便で送付を受けた。

(四)  他方、原告は洋子から右離婚調停申立があったので、洋子による持出しを警戒して、そのころ旧証書甲及び乙の保管場所を自宅の金庫から銀行の貸金庫に変更し、引き続き原告において旧証書甲及び乙を保管していた。

(五)  洋子は昭和六一年三月三一日、原告の了解を得ずに、千葉中局に対し、新証書甲および乙を呈示して払戻を請求し、本件元利金を払戻を受けた。

(六)  洋子の申立てた離婚調停は昭和六一年四月七日に不調となり、洋子は同年六月二日千葉地方裁判所に離婚訴訟を提起した(現在も係属中)。

2  以上の事実を総合すると、洋子による本件各貯金の払戻請求は原告の意思に基づかないものと認めるのが相当である。

他に、原告と洋子との夫婦関係が破綻する前後を通じて、原告が洋子に本件各貯金の管理を任せたとか、洋子において払戻を受けることを、許容したという事実を認めるに足りる証拠はない。

そうすると、昭和六一年三月三一日の千葉中局の洋子に対する本件元利金の払戻を、原告の使者に対する払戻ということはできず、抗弁1は理由がない。

三  抗弁2(正当の払渡)について

1  法二六条は、「この法律又はこの法律に基づく省令に規定する手続を経て郵便貯金を払い渡したときは、正当の払渡をしたものとみなす。」と規定し、これを受けて規則八六条一項は、払戻請求を受けた郵便局は、「貯金証書の受領証欄又は払戻金受領証に押された印影と貯金証書又は通帳の印鑑とを対照し、相違がないことを認めたうえ、貯金証書又は通帳の持参人に(中略)払戻金を交付」する旨規定しているところであるから、郵便局職員が、右各規定の定める手続を履践した払戻を行い、かつ右払戻手続に過失がない場合には、法二六条による有効な払渡が行われたと解するのが相当である。

2  〈証拠〉を総合すると、

(一)  洋子は昭和六一年三月三一日千葉中局に対し、新証書甲及び乙を呈示して本件各貯金の払戻を請求した。

(二)  千葉中局職員は、規則八六条の規定に基づき、右新証書甲及び乙の受領証欄の氏名及び印影が右各証書の預金者の氏名及び印影と相違がないことを確認したほか、請求者(洋子)が預金者本人でないことから預金者と洋子との関係を質問し、かつ、同女からその証明資料(運転免許証)の提示を得て、同女が原告の妻であることを確認した。

(三)  そこで、千葉中局職員は、右の事情、とくに原告と洋子の右の身分関係からみて、洋子を原告の使者であると判断し、洋子に本件元利金を受領する権限があるものと信じて、これを同人に支払った。

以上の事実が認められる。

上記認定事実によれば、右払戻手続自体は、法及び規則の定めを遵守して行われた正当なものであるということができる。

3  右払戻手続に関し、原告は、払戻請求をした洋子は預金者本人ではなかったのであるから、洋子の払戻請求権限の有無につき、預金者である原告に事前に確認すべき注意義務がある旨主張する。

そこで、検討するに、まず、〈証拠〉によれば、郵便局は貯金の払戻その他の請求や印章変更その他の届出(以下「請求等」という。)を受け付ける場合、これが正当な権利者からのものであるか否かを貯金局長の定めるところに従って調査することとしており(規程四条)、これを受けて、被告貯金局長の定めた実施細則である取扱手続は、同取扱手続七条一項一号の各事項に該当するときは、同項二号の方法によって請求等をする者が正当の権利者であるか否かを確認をすることとしていること、そして、同条に基づく確認の結果、請求者と預金者の間に身分関係等があることが判明した場合の取扱方法については、「請求人、申込人または届出人が預金者の家族、使用人、職場の同僚等であって、一般に預金者の使者または代理人たる関係にあると認められる者であるときは預金者からの請求、申込み又は届出として取り扱ってよい。」と定めているところであり、郵便局における窓口業務はこれに依拠して行われていること、以上の事実が認められる。

ところで、不特定多数の利用者を対象とする郵便貯金制度においては、一方において大量かつ迅速な処理の要請を無視できないところであるうえ、婚姻関係にある夫婦の場合にあっては一方が他方を代理人又は使者として郵便貯金の出し入れをすることは日常のことであるから、不特定多数の郵便貯金利用者の便宜と預金者の安全の調和の見地から、右の場合において、一方を他方の代理人ないしは使者と認め、これに直ちに払戻することと定めた前記規定は、夫婦関係が破綻に瀕していることを疑わせるような事情が存在する等の特段の事情が認められない限りにおいては、合理性があるというべきである。

そして、上記認定事実によれば、千葉中局職員は、原告と洋子の身分関係等の事実から洋子を原告の使者であると判断し、洋子に本件元利金を受領する権限があるものと信じて支払ったというものであり、かつ本件全証拠によるも、千葉中局職員において、当時原告と洋子の夫婦関係が破綻に瀕していることを疑わせるような事情の存在を認識していたことを認めることはできないから、本件の場合においては、千葉中局職員において、洋子の払戻請求権限の有無について預金者である原告に事前に確認することまでは要しないというべきである。

右の確認義務があることを前提として千葉中局職員に過失があったとする原告の右主張は理由がない。

そうすると、右の事実関係のもとにおいては、千葉中局職員が洋子を原告の使者であると認めたことにつき、善意、・無過失であったということができる。

4  以上の次第で、被告の抗弁2(正当の払渡)は理由がある。

そうすると本件各貯金に係る新証書甲及び乙の再交付手続に過失があったことを前提とする原告の主張(後記四で判断する。)が認められない限り、本件払戻は有効ということになる。

四  そこで次に、原告は、本件各貯金に係る新証書甲及び乙の再交付手続(印章の変更手続を含む。)につき、被告袖ケ浦局職員に過失があり、それが原因で洋子に対し本件各貯金の払戻がなされたものであるから、郵便局の貯金払戻手続全体として見れば、その払戻手続に過失があると評価すべきであると主張するので、新証書甲及び乙の再交付手続につき、被告袖ケ浦局職員に過失があったか否かにつき検討する。

1  〈証拠〉を総合すると、次の各事実が認められる。

(一)  洋子は昭和六〇年六月一二日袖ケ浦局に対し、旧証書甲及び乙を亡失した旨電話で連絡した。その際、洋子は旧証書甲及び乙の記号番号を袖ケ浦局職員に告げたので、袖ケ浦局においては、直ちに為替貯金窓口端末機にその旨入力して、払渡警戒の措置を採った。

(二)  同年六月一七日、洋子は袖ケ浦局を訪れ、「郵便貯金通帳等再交付請求書」を提出して、定額郵便証書の再交付請求及び印章の変更の申出をしたが、その際洋子は、旧証書甲及び乙のコピー及び、同女の運転免許証を示し、また右同月一二日の電話連絡の事実を郵便局職員に告げた。

(三)  袖ケ浦局は職員数五人、窓口が三つくらいの規模の郵便局であったが、洋子は昭和四三年ころから原稿等の郵送や原告の母花よの福祉年金受領手続のためにしばしば同郵便局を訪れており、同郵便局職員も洋子が原告の妻であることを知っていた。

(四)  そこで、袖ケ浦局職員は、右(一)ないし(三)の事由を総合判断して洋子が原告の妻であることを確認し、その事実を前提として洋子を原告の使者であると認めて、右再交付請求等を原告からの請求として取り扱った。そして、右再交付請求等を受理し、これを仙台貯金事務センターに送付した。

(五)  そして、同月末ころ被告は、右再交付請求書に基づき、旧証書甲に対応するものとして新証書甲を、旧証書乙に対応するものとして新証書乙をそれぞれ発行し、原告宛の簡易書留郵便で送付した。

以上の事実が認められる。

2  そして、当時原告と洋子の夫婦関係が破綻に瀕していることを疑わせるような事情の存在を袖ケ浦局職員において認識していたことを認めるに足りる証拠はない。

3  そこで、上記認定事実に基づいて検討すると、本件新証書再発行手続及び印章の変更手続は、被告の事務取扱の準則である取扱手続を遵守してなされたものということができ、かつ洋子と原告との間の身分関係等右に認定した事情の下においては、袖ケ浦局職員が洋子を原告の使者と認めたことにつき過失があるとはいえない。

そして、他に被告袖ケ浦局職員に過失があることを窺わせるに足りる証拠はない。

4  もっとも、原告は、本件のように一つの貯金証書について同時に複数の請求等があった場合は特に注意して、預金者本人の意思を確かめるべきであり、電話をかけるなり、委任状の提出を求めるなりすべきであったと主張するが、この場合であっても上記のように身分関係が確認されれば足りると解するのが相当である(取扱手続によっても、原告主張の場合とで確認方法に差異はなく、同手続七条一項二号の方法によって正当の権利者であるか確かめればよいとされている。)。注意義務の内容が原告主張のようなものにまで加重されなければならない根拠はない。

5  そうすると、本件新証書再発行手続に関し過失があったことを理由として、被告の払戻手続を全体として見ればこれに過失があったと評価すべきであるとする原告の主張は、その前提を欠き、失当である。

五  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺剛男 裁判官 小林崇 裁判官 松田俊哉)

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